【書評】解決への最適な実用書になり得る。「だから知ってほしい『宗教2世』問題」
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今回は「だから知ってほしい『宗教2世』問題」(9月1日発売、筑摩書房)を紹介する。
400ページ以上に及ぶ量・質ともにぶ厚いこの本は、宗教社会学者の塚田穂高氏、ジャーナリストの鈴木エイト氏と藤倉善郎氏が代表となってまとめ上げられた。
3氏と有識者ら、様々な当事者を含んだ42人もの執筆者を迎え、タイトルの通りそれぞれの「知ってほしい」が詰まっている。
高額お布施による貧困、信仰からの虐待、戸別訪問の勧誘に同行など、誰もがそうしたイメージでうっすらとは認識していたであろう「宗教2世」の問題。その実情を広め、理解を深めて社会全体として解決に取り組んでいくために、実用書になり得る最適の一冊だ。

(9月1日発売)
安倍元首相殺害事件が起こってから可視化されて噴出はしたが、しかし当然それ以外にも、それ以前にもこの問題は存在していた。
まえがきでは編者代表の塚田氏が「このような事件を経なければ、これほど大きな社会的注目を集めえなかった現実がある。そんな社会でいいはずがない。そうした悔恨からスタートしなければならない」と問題提起している。
本書では、旧統一教会だけでなく創価学会、エホバの証人、幸福の科学、オウム真理教、クリスチャン、ムスリムなどの2世問題も幅広く取り上げられ、コロナ禍で顕在化している「親が陰謀論者と化した」も入っている。
二部構成の第Ⅰ部は「『宗教2世』問題、その核心と解決への道」。ジャーナリスト、研究者、弁護士、政治家らが「宗教2世」の定義や基礎知識から人権問題に深く斬り込んでいく「分析・対策編」となっている。
12名の識者からの得難い知見が重なっていく。特に「2世」を取り巻く環境を知るために、「1世」を知ることがカギになっていることがよく分かった。
ジャーナリストの藤田庄市氏が国内のカルト問題を年表形式の展開史で紹介しているのは、実に貴重な資料だった。弁護士の金塚オーバン彩乃氏による項は、フランスのセクト対策について。団体ではなく個人の自由侵害などの「セクト的逸脱」への規制であることや、日本で施行される場合でも大切になる理念などを知ることができる。
具体的な支援の動きも綴られている。たとえば民間女性用ケアハウス「LETS仙台」所長の松田彩絵氏は、2世の相談の事例を紹介し、行政への申請等で専門職でなくてもできる方法を解説した。公認心理師・臨床心理士の信田さよ子氏から語られるのは、アディクション(嗜癖・依存症)アプローチによるカウンセリングの援助だ。アルコール依存症などを例にした「本人よりも悩める家族の援助を」は、分かりやすくも専門家から言われてみなければ盲点だろう。
第Ⅰ部では、周知と分析から具体的な援助や救済に向けての流れを作っている。そして第Ⅱ部には「私たちの声を聞いてほしい」として、様々な2世の方が一斉に登場。自らの経験や現在の活動について語ってくれる。これらを集約しただけでも意義は大きい。
この「当事者・実践編」を読むと、「宗教2世」の問題が、生まれついて、幼くして社会との乖離を強制されてしまった人権問題であることを再認識する。
まずは昨年に宗教2世の実態を描いた漫画に圧力をかけられた菊池真理子氏。母親が熱心な創価学会員だった自身の苦境から、少女期の「嘘」についてを綴った。エホバの証人2世の詩人で音楽家のiidabii氏は「夜空を見る」を掲載。「僕の人生をむちゃくちゃにしたけど 母さんが教えてくれた良いことが一つだけあった」と、自転車のチャイルドシートからの集会の帰り道での情景を詠う。
表現で多くの共感を呼ぶ両氏を筆頭に、当事者である13名それぞれが何を強いられ、矛盾に気付き、無力感を覚えたか。そして何より、いま何を思ってどのような活動をしているかを述べていく。
多くの当事者が「居場所」に言及していることが印象的だった。SNSの普及もあり、最近ではツイッタースペースの登場によって、同じ悩みや苦しみを共有できる繋がりができた人が多いことも分かった。
第Ⅱ部の終盤「だから、いま、語りたい」では、匿名の17人が自由記述。信仰を重視するあまりのネグレクト、暴力や貧困に苦しんで、それでも生き抜いてきた一人ひとりの人生を知ることになる。
凄惨でも、ぜひ全て読んでもらいたい。それが彼らの願いのはずだ。

(多彩な執筆陣)
「知ってほしい」。言うまでもなく私たちに向けられた言葉だ。
知らなければ、その世界はないものと同じで、それが集まって残念ながら世間の無関心が作られる。発端はどんなことでも、知る人が多くなったからこそ問題として認識されるようになる。
先日、文部科学省が旧統一教会に対し、10月にも宗教法人法に基づく解散命令を請求する方針であることが報じられた。
流行語にもなった「宗教2世」を世間が「ブーム」のように捉えられているのなら、10月で一つの区切りが来てしまうかもしれない。
一過性で終わらせないために、問題のうちのごく一部がようやく取り上げられ始めた今のうちに、識者と当事者の発信を集めて、社会に問うためにこの書が出された。タイミングは必然だったとも思える。
宗教の数ほど「2世」は存在する。問題を抱えながらも声を上げられない人がいる。根本解決への大きなうねりを作るには長い年月と、数の力が必要だ。簡単にはいかない。
一般の方は、まずはともかく知る事からだろう。自分に何ができるかを考えるのはそれからだ。行動はできなくても、複雑な家庭で育った人に対して差別や偏見なく接する社会になるよう望み、意識することはできる。そう思わせるだけのものが集まった本だと確信している。
できるだけ多くの人に、ぜひ興味を持って読んでもらいたい。政治家、教育者、メディア関係者やジャーナリストなら特に。そうすればさらに叡智は集まっていく。それでいつか、この本に登場しない数多の人も声を上げられるようになる。
今まさに「知ってほしい」と42人が筆を執ったように。
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黒猫ドラネコによる反省の弁
ご恵与いただいた良書のレビューを拙くも公表するにあたり、私自身が改めて振り返り、強く反省しなければいけないことがある。
読み進めるうちに「これはもしかしたら」との思いは募り、当該ページを読んで「来たか…そうなるわな…」と思わず天を仰いで声を出してしまった。
第Ⅰ部で藤倉氏の「カルト2世問題とメディア」の項で登場する「統一教会2世をツイッターで募集して批判を受けたフリーライター」とは、何を隠そう私のことである。
恥じ入るばかりなので、以下は登録者限定にさせていただきたい。