「スピとウヨ」を知る1冊(セルフ書評)
9月1日発売、大好評の新刊「スピリチュアリズムとナショナリズム」(扶桑社新書)。

ありがたいことに、書店ではしっかり平置きされていて大好評のようだ。
今回は共著者トークライブだけでは言い尽くせなかったこの本の魅力や注目してほしい箇所を自らたっぷりと語ろう。
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▽序章 なぜスピウヨが問題なのか
『昔から保守的な政治運動には宗教やスピリチュアリズムそのものがつきまとっていた』
なぜ左派方面は題材にしないのかということも含めて解説し、改めて右派がぶっ飛んでしまった現実を突きつける。藤倉善郎は普段からカルト宗教や陰謀論集団などのアレな所に積極的に突っ込んでいって嫌がられることも楽しむ性分なのに、めちゃくちゃ引き締まった良い文章を書く。この感想は編集者共通だと思う。
きちんとした問題意識と譲れない一線を持つ人だからこそ、実直で共感を得る言語化ができるのだろう。ただのふざけたおじさんではない。普段はおとなしくて真面目ぶるくせに文章で悪ふざけしがちな変な猫仮面のおじさんとは大違いだ。
▽第1章 愛国と自己啓発はなぜ結びついたのか―「生長の家」から延びる100年の地下水脈
『スピリチュアリズムのほうが、宗教活動・政治活動の枠を超えて、「生長の家」をはじめとする諸教団から一般社会のほうへ滲み出したのだ。しかも宗教ではないという顔をして・・・』
現代のスピブーム、それだけでなく「元号」に至るまで、日本国民にとって当たり前になっていることの危うい背景や源流が明かされていく。第1章から「マジか」の連続だ。
